夫婦間に扶助義務が規定されている立法趣旨は,「夫婦が積極的な協力をして婚姻生活を持続していく」ことと国会で答弁されています。そうすると,「夫婦が積極的な協力をして婚姻生活を持続していく」ことに資さない扶助義務の履行請求は,法の立法趣旨に反していることになります。
さて,この裁判例では「夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではない」としていますが,これがどのように上記の夫婦間の扶助義務の立法趣旨を反映した判断であるのか,何ら説明がありません。婚姻関係が破綻した状態で婚姻費用分担を認めても,「夫婦が積極的な協力をして婚姻生活を持続していく」ことは期待できないと思うのですが。こういう矛盾した判断をしていることが,裁判官の劣化を示しているのでしょうね。

 

要旨
別居中の相手方(妻)が抗告人(夫)に対し、婚姻費用の分担を求めた事案。原審が抗告の分担すべき額につき月額を定め、抗告人に対し、認定した期間の婚姻費用合計額から既払額を控除した金員の即時払及び認定した始期から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで認定した月額の金員の支払を命じる審判をしたところ,抗告人が即時抗告をした。抗告審は,別居に至った原因は不貞行為に及んだ相手方にあるとし、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担の請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から,子らの養育費相当分に限って認められるべきとし,分担金の支払いの始期を認定し,算定した月額を分担すべき月額と認定して、原審判を変更した事例。

主 文
1 原審判を次のとおり変更する。
2 抗告人は、相手方に対し, 195万4176円を支払え。
3 抗告人は、相手方に対し、平成28年口月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで, 月額29万7000円を毎月末日限り支払え。
4 手続費用は、第1,2審とも各自の負担とする。

理 由
第1 抗告の趣旨
1 原審判を取り消す。
2 本件を神戸家庭裁判所に差し戻す。

第2 事案の概要
1 事案の要旨(以下, 略称は原審判の表記に従う。)
(1) 抗告人(夫 昭和44年口月口口日生)と相手方(妻 昭和46年口月口口日生)は、平成10年口月口口日に婚姻し、平成11年口月口口日に長女を, 平成13年ロ月口日に二女を, 平成15年口月口ロ日に長男をそれぞれもうけた。
(2) 抗告人は、平成27年口月口日頃、単身で自宅マンション(本件マンション)を出て、相手方及び子らと別居した。相手方も, 同月末までに、子らとともに本件マンションから転居した。
(3) 相手方は、平成27年口月口日、抗告人に対し婚姻費用の分担を求める調停を神戸家庭裁判所に申し立てたが(平成27年(家イ)第343号), 同年口月ロ口日不成立となり, 原審判手続に移行した。
(4) 原審は、平成27年口口月口口日、抗告人の分担すべき婚姻費用の額を同年口月から月額35万円と定め、抗告人に対し、同年口月から同年ロ口月までの婚姻費用合計280万円(35万円×8か月)から既払の186万2186円を控除した93万7814円の即時払及び同年ロ口月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、毎月末日限り35万円の支払を命じる審判をしたところ, 抗告人が即時抗告をした。
2 抗告理由の要旨
(1) 原審は、相手方が抗告人と別居してF市内に居住していた時期に男性と交際していたことを窺わせる事情があることを認めながら、相手方が当時精神的に不安定な状況にあったこと、その後抗告人と相手方が再度同居していることなどの諸事情に照らして、相手方がF市内に居住していた時期において、相手方に不貞があったとしても、相手方の本件婚姻費用分担請求が権利濫用に当たるとは評価できないとした。しかし、相手方は、鬱病と診断され、家事及び育児を抗告人に任せきりにしていた時期に、抗告人と子らを捨てて家出し, F市内で男性と不貞行為をしていた。相手方が婚姻共同生活を維持するための努力を怠ったことは明らかであり、精神的に不安定な状況にあったことで免責されるようなものではない。
(2) しかも、相手方は、平成25年口月頃にGに戻り、抗告人や子らと再び同居したものの、その後長女のバイオリン講師と不貞行為を行ったものである。
(3) 以上のとおりであって、相手方は、抗告人との婚姻共同生活の維持・修復のための努力を怠ったものであり、そのような相手方が自らの生活費の支払を抗告人に求めることは権利の監用であり、許されない。
3 相手方の反論
相手方は不貞行為を行っておらず、本件婚姻費用分担申立ては権利濫用に当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
原審判理由中の「第2 当裁判所の判断」1(原審判1頁23行目から4頁25行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。
(1) 原審判2頁12行目の次に行を改めて、以下のとおり加える。
「相手方は, F市内に居住中、抗告人以外の男性と不貞関係にあった。このことは、抗告人も知っていた。」
(2) 原審判2頁14行目の「G市内で」から15行目の「協議するようになり、」までを「G市内で同居するようになった。しかし、相手方は、その後、長女のバイオリンの学校外講師(以下「本件男性講師」という。)との間で、ソーシャルネットワークサービスを使い、単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりをするような関係となった。相手方は、平成27年口月口日頃、抗告人に対し離婚したい旨告げ、以後両名の間 で、離婚についての協議がされるようになったが、その頃、抗告人は、相手方の携帯電話を見て、相手方が本件男性講師と上記やりとりをしているのを知り、相手方の不貞を確信するに至った。」と改める。
(3) 原審判3頁6行目から7行目にかけての「学校講師」を「学校教師」と, 7行目から8行目にかけての「学校外講師(以下「本件男性講師」という。)」を「本件男性講師」とそれぞれ改める。
2 婚姻費用分担義務の存否について
 夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。
これを本件についてみるに, 上記1(1)で補正の上引用した原審判の認定事実によれば、相手方は、抗告人と別居してF市内に居住していた時期に、抗告人以外の男性と不貞関係にあったことが推認されるが、相手方が平成21年頃から鬱病と診断され、平成23年口月頃から家出してロロを1人で旅行したりするなど、精神的に不安定な状況にあったこと、平成25年には、抗告人は、相手方の上記不貞を知りつつ、相手方と再度同居していることなどの諸事情に照らせば、上記不貞関係があったからといって、直ちに相手方の本件婚姻費用分担請求が信義に反しあるいは権利濫用に当たると評価することはできない。
しかしながら, 上記1(2)で補正の上引用した原審判の認定事実によれば、抗告人と相手方が平成25年に再度同居した後、相手方は本件男性講師と不貞関係に及んだと推認するのが相当であり、抗告人と相手方が平成27年口月に別居に至った原因は、主として又は専ら相手方にあるといわざるを得ない。相手方は、上記不貞関係を争うが、相手方と本件男性講師とのソーシャルネットワークサービス上の通信内容(乙4,5)からは、前記のとおり単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。そうとすれば、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から、子らの養育費相当分に限って認められるというベきである。
3 婚姻費用分担額について
(1) 婚姻費用分担額の算定に当たっては、いわゆる標準的算定方式によるのが相当である(判例タイムズ1111号285頁以下参照)。
また、婚姻費用分担金の支払の始期は、原審判に先立つ調停が申し立てられた平成27年口月とするのが相当である。
(2)ア 引用に係る原審判の認定によれば、相手方の総収入(給与)は176万5811 円,抗告人の総収入(給与)は1347万1300円と認められるからに当事者の基礎収入は,相手方につき総収入に基礎収入割合39%を乗じた68万8000円(1000円未満切捨て),抗告人につき総収入に基礎収入割合35%を乗じた471万4000円(1000円未満切捨て)とみるのが相当である。
イ 前記のとおり、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利監用の見地から、子らの養育費相当分に限って認められるから、上記基礎収入を前提に、生活費指数を成人につき100, 15歳以上の子(長女)につき90, 15歳未満の子(二女及び長男)につき各55として抗告人の分担すべき養育費相当額を算定すると、以下のとおり年額274万1000円となる。
子の生活費=抗告人の基礎収入(471万4000円)×子の生活費指数(90+55+55)÷〔抗告人の生活費指数(100)+子の生活費指数(90+55+55)〕=314万2000円(1000円未満切捨て)
抗告人の分担額(年額)=子の生活費(314万2000円)×抗告人の基礎収入(471万4000円)÷抗告人の基礎収入(471万4000円)+相手方の基礎収入(68万8000円)=274万1000円(1000円未満切捨て)
(3)ア 長女は、私立高校の音楽科に通学してバイオリンを専攻しており、その授業料等の納付金として年額81万円が、その学年費として年額14万円が、通学のための交通費として年額8万円程度が、学校教師によるバイオリンのレッスン代及び交通費として年額16万6560円がそれぞれ必要であるほか、本件男性講師によるバイオリンのレッスンを受けており、その月謝は、毎月少なくとも8000円(年額9万6000円)とみるのが相当である(本件男性講師以外の学校外講師に習ったとしても、上記程度の月謝は必要であると推認される。)。
イ 長女の上記学費のうち、年額33万3844円(公立高校の教育費の平均。判例タイ ムズ1111号290頁参照)を超える部分については、いわゆる標準的算定方式において、通常の教育費として考慮されていない特別の学費として、抗告人と相手方の収入状況等に照らし, その87%を抗告人において負担するのが相当である。したがって、長女の上記学費の合計である129万2560円から,33万3844円を控除した95万8716円の87%である83万4000円(1000円未満切捨て)を上記抗告人が分担すべき婚姻費用として算定された274万1000円に加算すると357万5000円となるから、抗告人が分担すべき婚姻費用月額は、29万7000円となる(1000円未満切捨て)。
ウ 抗告人は、長女の私立高校への通学費用及び本件男性講師とのレッスン代を特別の学費として婚姻費用分担金の算定において考慮すべきではないと主張する。しかし、長女は、私立高校の音楽科に通学してバイオリンを専攻していること及び財産分与のための本件マンシヨンの売却を機に転居したことに照らせば、転居の事情はやむを得ないものというべきであるし、通学先を変更することも困難であると認められるから、通学費用相当額を特別の学費として算定する のが相当である。また、本件男性講師によるレッスンについても、長女の進学先及び抗告人と相手方との同居中から同レッスンが続けられており、一件記録によっても抗告人が同レッスンの必要性に異議を唱えていた等の事情も窺えないことからすると、これを特別の学費として算定するのが相当である(なお、本件男性講師以外の学校外講師に習ったとしても、上記程度の月謝は必要であると推認されることは、前記説示のとおりである。)。
エ 相手方は、二女と長男についても、通学交通費、長男の学習塾費用等が必要であり, 特別の学費として婚姻費用分担金の算定において、これらの費用を加算すべきであると主張する。しかし、二女は中学2年生、長男は中学1年生であり,長男は平成27年口月口口日で学習塾を退塾しているところ、一件記録によっても、これら貴用を抗告人に負担させてまで、二女及び長男を従前の中学校に通学させること及び長男を学習塾に通塾させることが相当であるとみる ベき事情は認められない。
また、相手方は、本件男性講師によるレッスン代等として月額4万円が必要であると主張するが、引用に係る原審判の認定した月謝袋の記載等に照らし、同レッスンに月額4万円を必要とすると認めることはできない。
(4)ア 抗告人は、婚姻費用分担金の仮払いとして、平成27年口月分から同年ロ口月分まで、合計148万円を支払っている(引用に係る原審判第2の1(9))。
イ また、抗告人は、平成27年口月以降、引用に係る原審判の認定のとおり、長女及び二女のバイオリンのレッスン代,長男学習塾代を支払っている。
(ア)長女のバイオリンレッスン代 (同年口月口日の3万5000円),二女のバイオリンレッスン代 (同年口月口日の1万2744円)は、いずれも同年口月分以降の婚姻費用分担金の既払金とみるのが相当であり、その合計額は4万7744円となる。
(イ) 長男学習塾代(1か月当たり2万0520円)は、長男が平成27年ロ月に同学習塾を退塾したことに鑑み、同年口月分から口か月分(合計8万2080円)を同年口月分以降の婚姻費用分担金の既払金とみるのが相当である。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)の既払金の合計額は、12万9824円となる。
ウ 引用に係る原審判の認定によれば、抗告人は、平成27年口月以降,H代,J代,自動車保険、水道光熱費等を負担していることが認められるが、これは、抗告人が負担すべき婚姻費用(養育費相当分)とは別個のものであること、これを抗告人が分担すべき上記婚姻費用から控除すると、相手方が経済的に苦況に陥る可能性があることなどに照らすと、抗告人が負担した 上記費用は婚姻費用の既払分として控除しないのが相当である(その精算は、離婚の際の財産分与において行われるベきである。)。
また、抗告人は、上記認定した以外にも, 平成27年口月以降、本件マンションの固定資産税、本件マンションの売却代金の一部,同年口月分の本件マンションに係る水道光熱費並びに教育ローンを支払っており、これらを婚姻費用分担金の既払金として考慮すべきであると主張するが、これらについても、前同様に、離婚の際の財産分与において考慮するのが相当である。
エ 以上によれば、既払額は、上記アの148万円と上記イの12万9824円を合計した160万9824円となる。
(5) よって、抗告人は、相手方に対し、婚姻費用分担金として、平成27年口月分から平成28年口月分までの12か月分の婚姻費用合計356万4000円(29万7000円×12か月)から既払額160万9824円を控除した195万4176円を直ちに, 同年口月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、月額29万7000円を毎月末日限り支払うベきである。
4 抗告理由及び相手方の反論に対する判断
上記2で説示したとおりである。
以上の次第で、原審判を変更することとし、主文のとおり決定する。

平成28年3月17日
大阪高等裁判所第10民事部
裁判長裁判官 角隆博
裁判官 坂倉充信
裁判官 横溝邦彦