この裁判例では,この訴訟の対象を「抽象的な権利関係としての費用負担義務の存否」としています。
しかしながら,最高裁の判例では,「法律上の争訟」を以下のように定義しています。
「行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)」(最高裁判所平成14年7月9日民集第56巻6号1134頁)。
そうすると,婚姻費用分担義務の存否を終局的に確定することは純然たる訴訟事件とされている以上,この事件の対象は,原告の被告に対する婚姻費用分担義務の,具体的な権利義務ないし具体的な法律関係の存否だったのですから,この事件の裁判官らは,裁判所が扱う「法律上の争訟」が何であるのかを知らないで,高裁の裁判官をしているようです。
こういうことも裁判官の劣化を示す一例と言えそうです。
更に,裁判所が当事者間で争点になっていない新たな法的見解を採用するつもりならば,その争点について当事者に主張立証の機会を与えなければならず,それをしていない釈明権の行使を怠った判断は違法になります(最高裁判所平成22年10月14日判時2098号55頁)。
この裁判例は上記の判例にも違背していますので,この裁判例は,2つの判例違反があるとも言えそうです。

控訴人兼被控訴人 X(以下「1審原告」という。)
被控訴人兼控訴人 Y(以下「1審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 久保田紗和

主文
1 原判決を取り消す。
2 本件訴えを却下する。
3 訴訟費用は第1、2審を通じて1審原告の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 主位的控訴の趣旨
ア 原判決を取り消す。
イ 本件を熊本地方裁判所に差し戻す。
(2) 予備的控訴の趣旨
ア 原判決を取り消す。
イ 1審原告の1審被告に対する平成24年10月29日から両者の別居の解消又は離婚に至るまでの婚姻費用分担義務が、二男の養育費としての相応額を超えて存在しないことを確認する。
2 1審被告
(1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 上記部分に係る1審原告の請求を棄却する。
第2 事案の概要(以下、略語は原判決の例による。)
1審原告と1審被告は、平成24年10月から別居中の夫婦であり、1審原告(夫)が長男を監護し、1審被告(妻)が二男を監護しているところ、熊本家庭裁判所において、1審原告に対し、平成26年2月を始期とし月額4万7000円の婚姻費用分担金を1審被告に支払うよう命じる審判がされた(1審原告が即時抗告したものの、棄却された後、確定した。)。本件は、1審原告が、1審被告の同居拒否には正当理由がなく、また、1審被告には不貞関係にある別の男性がいることから、1審被告が監護する二男の養育費相当額を上回る婚姻費用の請求は権利の濫用に当たるなどと主張して、1審原告の1審被告に対する別居時からの婚姻費用分担義務が、二男の養育費相当額を超えて存在しないことの確認を求めた事案である。
原審は、1審被告に同居義務違反は認められないものの、平成29年7月の時点で1審被告に交際中の別の男性がいたことを踏まえて、平成29年7月18日からの1審原告の婚姻費用分担義務については、二男の養育費相当額を超えないことを確認する一部認容判決をした。
当事者双方が、これを不服として控訴をした。

第3 当裁判所の判断
1 本件訴えは、1審原告の1審被告に対する婚姻費用分担義務について、平成24年10月29日以降は、二男の養育費に相当する額を超えては存在しないことを確認する旨の婚姻費用分担義務に関する確認の訴えである(1審原告は、当審において「控訴の趣旨の変更申立書」を提出しているものの、同申立書は、要するに1審被告自身の生活費に相当する婚姻費用を負担する義務がないことの確認を求め、あるいは、その部分について1審被告が具体的に請求する権利がないことの確認を求めることをいうものであって、当初の訴えと同旨の内容を言い換えているにすぎない。)。
(1) 婚姻費用負担義務の存否を終局的に確定することは純然たる訴訟事件であるとされており、費用負担義務そのものに関する争いである限り、通常訴訟による途が閉ざされているわけではない。しかしながら、民法760条を承けて、夫婦の資産等、一切の事情を考慮し、後見的立場から合目的の見地に立って、家庭裁判所の裁量権を行使して、婚姻費用の具体的分担額を形成決定し、その給付を命じるのは、家事事件手続法別表第二の二に規定する婚姻費用の分担に関する処分の事件であり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではない(最高裁判所昭和40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁、同昭和43年9月20日第二小法廷判決・民集22巻9号1938頁参照)。
すなわち、婚姻費用負担義務の存否そのものを通常訴訟で争うことは可能であるものの、ここにいう費用負担義務の存否とは、抽象的な権利関係としての費用負担義務の存否そのものであり、どの範囲の費用を負担すべきかという具体的な費用負担の問題については、家事審判事項であって、訴訟事件として判断すべきものではないというべきである。
(2) また、婚姻費用分担義務は婚姻という身分関係から発生する1個の義務であり、また、婚姻から生ずる費用(民法760条)とは、夫婦共同生活に必要な一切の費用をいうのであって、未成熟子の養育費に相当するものもこれに含まれる。
(3) そうすると、1審原告と1審被告の婚姻関係から生ずる婚姻費用分担義務は1個の身分関係に基づく1個の義務であって、その中に1審被告自身の生活費に相当する部分や1審被告が監護する二男(平成24年(以下略)生)の生活費(養育費)に相当する部分が包含されるにすぎない。
したがって、具体的な婚姻費用分担額の算定に際し、1審被告の生活費に相当する部分と二男の生活費に相当する部分を区分して検討し得ることはともかくとして、1個の婚姻費用分担義務のうちの一部である妻の生活費に相当する額を取り出してその存否を抽象的に確認することはできず、そのような確認を求める訴えは、ここにいう費用負担義務そのものの争いには当たらず、訴訟事件として判断すべきものではない。
2 1審原告は、本件訴えについて、婚姻費用分担の実体的権利義務の存否を争点とすることから、訴訟事件として扱われるべきであると主張する(訴状22頁、1審原告平成28年12月12日付け準備書面4頁参照)。
(1) しかしながら、本件訴えにおける請求の趣旨は上記のとおりであり、1審原告は、二男の養育費に相当する婚姻費用の分担義務の存在を自認しているというべきであるから、本件訴えが1審被告に対する婚姻費用負担義務の存否自体を争うものには当たらないことは明らかである。
さらに、1審原告は、本件訴えに関し、何ら法的拘束力がない一般的、抽象的な婚姻費用分担義務の有無を確認しても1審原告にとって何の意味もないものであり、1審原告が確認を求めているのは、平成24年10月29日以降、1審原告の婚姻費用分担に関する具体的な義務が、本件事件の個別具体的な事情において二男の養育費相当額を除き存在するかどうかであると主張しており(1審原告準備書面(8)の2頁25行目から3頁3行目参照)、抽象的な婚姻費用負担義務の存否の確認を求めていないことを明示している。
(2) 結局、本件訴えは、家事審判によって定められた婚姻費用の額について、1審被告の有責性等を理由に、二男の養育費に相当する額に減額することを求める申立てであって、家事審判事項である婚姻費用の分担に関する処分(家事事件手続法別表第二の二)を申し立てているものに他ならないというべきである。
3 家事審判事件が訴訟事件として裁判所に提起された場合には、民事訴訟法16条1項の規定に基づいて、これを他の管轄裁判所に移送することは許されない(最高裁判所昭和44年2月20日第一小法廷判決・民集23巻2号399頁参照)。
そうすると、家事審判事項であるにもかかわらず地方裁判所に提起された本件訴えは、管轄を誤ったものとして、移送することなく却下すべきである。
4 以上によれば、本件訴えを却下することなく本案判決をした原判決は失当であるから、原判決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
なお、1審原告の本件訴えは、上記のとおり不適法であり、その不備を補正することができないものである。このような訴えについては民事訴訟法140条が第1審において口頭弁論を経ないで判決で訴えを却下することができるものと規定しており、この規定は控訴審にも準用されている(同法297条)。したがって、当裁判所は、口頭弁論を経ないで1審原告の本件訴えを却下する判決をすることができる。そして、これらの規定の趣旨に照らせば、このような場合には、訴えを却下する前提として原判決を取り消す判決も、口頭弁論を経ないですることができると解するのが相当である(最高裁判所平成14年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事208号581頁参照)。

第3民事部

(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 横井健太郎 裁判官 富張邦夫)